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タンパク質工学
-応用生命科学系分野のための- |
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加藤昭夫・山田守・河田康志・山岸明彦・内海俊彦・山縣ゆり子・内海成・吉川正明 著 |
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A5判/320頁 価格:本体3,980円+税
ISBNコード:4-7578-0401-6 |
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これまでにいくつかの蛋白質工学に関する専門書、教科書が出ているが、本書は医学・農学などの生命科学分野で、新規な蛋白質をデザインすることの重要性、面白さを読者に示すことを特色として、学生や専門家を対象にしている。
蛋白質構造構築の基本原理、蛋白質の構造と機能の関連、細胞内における蛋白質の構造形成(フォールディング)の分子機構を明らかにする。こうした知識をもとにして、有用蛋白質の大腸菌、酵母、植物での発現、分泌の基本的原理を理解させ、遺伝子工学による蛋白質の機能改変のための分子設計について解説する。
本書は医学、薬学、農学などの生命科学分野で、新規なタンパク質をデザインし、作成することに成功した各分野で活躍されている研究者により執筆された。これまでの蛋白質工学のテキストと異なり、実際に医薬、薬学、農学分野で産業的に応用可能なテーマを各章に述べている点が特色となっている。したがって、応用生命科学分野での学生、院生のみならず、企業の研究者にとっても興味ある内容となるように工夫された内容となっている。
1. 異種蛋白質の微生物での発現・分泌の基本原理
様々な生物のゲノムプロジェクトの進展は、微生物からヒトまでにおよぶバイオインフォマティクスの急激な拡大をもたらしている。それにともなって機能未知遺伝子も急増し、それらの解明は関連分野の最重要課題となっている。この点において必要不可欠なステップは蛋白質の発現生産である。基礎的な機能解析とともに、医薬、検査試薬や工業用触媒としてのペプチドや酵素蛋白質あるいは素材物質としての蛋白質は有用生物分子として活用され、バイオビジネスの根幹をなすものとなっている。最近ではin vitroでの転写翻訳系によってかなりの量の蛋白質を生産できるが、可溶性蛋白質に限られることや生産コスト面などから今後も大腸菌や酵母等を生産の場として用いる従来法が主体となることは間違いない。このように微生物における蛋白質の発現生産はますます重要となる。特に、発現する蛋白質が蛋白質生産を行う微生物のものと異なる場合、いわゆる異種の発現技術が不可欠であり、さらに、効率的は細胞外への蛋白質分泌を行う技術も必要となる。
本章では、異種蛋白質の生産の場となる大腸菌や酵母の蛋白質発現や分泌の基本機構から応用に必要な基本的技術までを幾つかの実例を挙げて分かりやすく紹介する。本章では以下のような構成を予定している。
1) 大腸菌や酵母の遺伝子発現の基礎:生産の場となる大腸菌や酵母における異種蛋白の発現のために必要な遺伝子発現の基本的なしくみを紹介。
2) 大腸菌や酵母の分泌機構:生産の場となる大腸菌や酵母における異種蛋白の発現・分泌のために必要な基本的なしくみを述べている。
3) 遺伝子のクローニング:原核生物と真核生物の遺伝子のクローニング技術を紹介する。データベース情報に基づいたクローニングについても示す。
4) 蛋白質の高発現:蛋白質の生産性を高めるための方法を紹介する。
5) 蛋白質の機能改善:有用蛋白質の生産には場合によって機能を改良する必要がある。この項目は他の章の導入ともなる。
2.分子シャペロンによる蛋白質の構造形成と品質管理
細胞内の蛋白質の誕生から移動,成熟,機能発現,変性,分解という,いわゆる蛋白質の一生には,様々な分子シャペロンが関与している。これらの分子シャペロンの中でも,特異性が低く,様々な蛋白質の立体構造形成を直接介助している巨大分子として,シャペロニンが存在している。このシャペロニンの構造特性は独特なものがあり,これらの構造と機能相関について詳細に説明するとともに,最近筆者らが蛋白質工学的研究によって新たに発見した反応ステップとその機能的な意義を紹介する。
一方,細胞内での蛋白質のミスフォールディングによるアグリゲーションは,医学的にもバイオテクノロジー的にも様々な問題を抱えている。
前者はアルツハイマー病やパーキンソン病に見られるような細胞内外でのアミロイド線維形成,後者では外来蛋白質の大量発現系にしばしば見られるインクルージョンボディ形成の問題である。これらはいずれも蛋白質の構造変化の問題であり,すなわち蛋白質の安定性の問題である。病気に直接関わっている蛋白質のアミロイド線維化の例と大腸菌内での外来蛋白質のインクルージョンボディ化の例を示すとともに,特に後者の例において,分子シャペロンが果たす抑制効果について実例を示しながら議論している。
ヒトの全ゲノム遺伝子配列が決定された今,以前とは違った意味での蛋白質の研究が華々しく展開されていく時期である。この意味でも,蛋白質全般の構造と機能発現に直接関わる分子シャペロンに関する最新のトピックスは生命科学領域に携わる読者には最適であると思われる。
3.蛋白質の進化分子工学的耐熱化
タンパク質の耐熱性を向上させることは産業的に重要な課題である。こうした視点から、耐熱性でしかも常温と同様の活性をもつタンパク質の作製を目的として、進化分子工学的な方法について解説する。
まず、第一は、遺伝子にランダム変異を導入し、その中から目的とするタンパク質遺伝子を単離する方法である。この方法を繰り返すことにより、目的とするタンパク質を得ようとするものである。この方法はリボザイムの改変創製に利用され多くの成果が得られた。また、ファージのタンパク質、薬剤耐性遺伝子の耐熱性獲得に利用された。
第二は、高度好熱菌の遺伝子をノックアウトした株を作製し、その菌に常温菌に遺伝子を導入し、温度を上昇させることにより、耐熱性のための変異を起こさせ、耐熱性獲得のためのアミノ酸置換の変化を調べ、酵素タンパク質がどのように耐熱性を獲得するかを検討した。
その結果、タンパク質が耐熱性を獲得するためのアミノ酸変異はタンパク質のドメイン境界、サブユニット境界での疎水性上昇が有効であることが明らかにされた。この手法は有用タンパク質を耐熱化するための極めて重要な情報を提供しており、産業的に利用できると考えられる.
4. リゾチームの抗菌性改変、機能改変
卵白リゾチームを酵母発現系で分泌させると、小胞体で正しく折りたたまれるため、ニワトリと同じ立体構造、活性を有するものが得られる。我々は、卵白リゾチ?ャ?の耐熱性や抗菌性を改変するなどの高機能化のために、酵母発現系を用いた遺伝子工学的手法により多面的な分子設計の成功例を述べる。特に、熱安定化のためのリゾチームの翻訳後修飾を利用した糖鎖付加リゾチームおよび抗菌性改変のための疎水ペプチド融合リゾチームについて述べる。
耐熱性多糖化リゾチームの作製:酵母は真核生物に共通した小胞体での蛋白質の糖鎖付加のシステムをもっている。我々は酵母発現ベクターにリゾチーム遺伝子を部位指定変異により分子表面にAsn-X-Thr(Ser)の糖鎖付加配列を作成したものを導入し、形質転換した酵母を用いて、リゾチームを多糖化することに成功した。このポリマンノシル化リゾチームは100℃に加熱しても凝固せずに、耐熱性を示した。一方、多糖化が進みすぎるとリゾチームの溶菌活性が低下する傾向もあり、多糖化の度合をコントロールする必要もあり、酵母の培養pHをコントロールすることにより、多糖化を完全に抑制し、オリゴ糖結合型のリゾチームだけを分泌させることにも成功している。
抗菌性改変リゾチームの作製:リゾチームは天然型の抗菌剤として、食品、医薬に使用されているが、グラム陽性菌にしか作用せず、グラム陰性菌には抗菌効果を示さない。したがって、遺伝子工学的手法により抗菌性を改変できれば、その産業的な利用価値は高い。こうした観点から、グラム陰性菌に作用するようにリゾチームの分子設計を行った。我々は化学修飾により、種々の長さの脂肪酸をリゾチームに結合し、パルミチン酸がグラム陰性菌に対して強く抗菌性を示すことを明かにしてきた。これにヒントを得て、遺伝子工学的手法により、リゾチームに脂質を結合するための分子設計を行った。リゾチームのN-末端にミリスチル化シグナルペプチドを挿入し、ミリスチル化リゾチームの発現、分泌を試みたところ、ミリスチル化リゾチームの発現は確認されたが、フォールディングが正しくされていないために、活性が低く、現在検討中である。さらに、これらの脂肪酸に匹敵する長さの疎水性ペプチドを結合する試みを行った。幸い疎水性アミノ酸はー構造を形成しやすく、例えばPhe-Phe-Val-Ala-Proはミルク蛋白質に存在する配列であり、ー構造を形成し、天然のペプチドの中で最も血圧降下能力の強いペプチドとして知られている。我々はこのペプチドを基本として3,5,7残基の疎水ペプチドをコードする合成DNAを作成し、リゾチームのC?末亦[への導入を試みた。その結果、グラム陰性菌である大腸菌に対して、野性型は抗菌性を示さないが、5残基のPhe-Phe-Val-Ala-Proが結合したものが抗菌性を示す最適の長さであることが明かになった。
5.膜局在性の蛋白質工学的改変による生理活性蛋白質の機能変
細胞膜は、外界への情報の発信、ならびに外界からの情報の受容に機能し、細胞情報伝達機構の中心的役割を担っており、細胞情報伝達に関与する生理活性蛋白質のなかには、この細胞膜との特異的相互作用を介してはじめて固有の機能を発現するものが存在する。
たとえば、細胞内の情報伝達に直接関与する細胞質蛋白質の中には、癌遺伝子産物p60srcに代表されるアシル化蛋白質でみられるように、細胞膜との可逆的な結合-解離により細胞膜と細胞質との間の情報伝達に機能するものが知られている。また、細胞と細胞の間の情報伝達に機能する増殖因子やサイトカインの中には、腫瘍壊死因子(TNF) のように、従来分泌蛋白質と考えられていたものが、そのプロセシングの過程で膜蛋白質としても機能し、細胞と細胞との接触によって、分泌型因子とは異なる情報を伝達するものが見いだされている。このように、ある種の生理活性蛋白質は、細胞膜との特異的相互作用を介してそれぞれ固有の機能を発現していることから、これらの生理活性蛋白質の細胞膜との相互作用を人為的に改変することで、蛋白質の機能を変換することが可能ではないかと考えられる。
本章の著者等は、アシル化蛋白質及び膜結合型腫瘍壊死因子(TNF-a)をモデル蛋白質として用い、その膜局在化機構の詳細を解析するとともに、膜-蛋白質相互作用を人為的に改変することにより蛋白質の機能を向上させる試みを行っている。本章ではこれらの結果を中心に、膜-蛋白質相互作用の改変による蛋白質の機能変換の試みについて紹介する。本章は以下の内容から成る。
I. 蛋白質の膜局在化機構の多様性
II. 脂質結合蛋白質の膜局在化機構と機能発現
III. 膜結合型 TNF の膜局在化機構と機能発現
IV. 化学修飾および遺伝子工学的手法による脂質修飾蛋白質の作成
V. 蛋白質アシル化に伴う膜局在化と膜上生化学反応
VI. TNF のアシル化による機能改変
6.分子病アミロイドシスモデル蛋白質の構築
近年、蛋白質の天然構造が壊れたり、間違ったフォールディングが原因で病気が引き起こされる例が多く見つかり、フォールディング病と呼ばれている。その代表的なものがアミロイド病(アミロイドシス)であり、プリオン、クロイツフェルトヤコブ病、アルツハイマ_病、パーキンソン病、ハンチントン病など共通してアミロイド繊維を沈着することにより病状が現れる。こうした典型的なアミロイドシス病に加えて、リゾチームやシスタチンなどの蛋白質のアミノ酸の変異によりアミロイドシスを起こし、致死的な病気を引き起こす例が約20種類の蛋白質について報告されている。
本章ではこうした例を解説するとともに、リゾチームのアミロイド型変異体を酵母で発現分泌させ、この変異体の結晶解析など物理化学的な性質について述べる。また、アミロイドシスモデル蛋白質を構築することにより、こうした分子病の治療のための情報を得るためのアプローチについても提案される。
7.高機能化ダイズタンパク質の分子設計
ダイズは世界で1年間に12000万トン生産され、そのうち80%が製油に利用されている。ダイズはタンパク質を35%ほど含んでいるので、製油後の残滓中には3000万トンほどのタンパク質が含まれているが、その多くは、飼料や肥料として利用されるにとどまっている。しかし、ダイズタンパク質は、植物性タンパク質の中で栄養性が優れたものであり、食品素材としての加工特性も豊富に備えている。さらに、近年、ヒトの健康維持・増進に役立つ機能も持つことが明らかになってきた。し
たがって、高齢化社会を迎えたわが国にとって、さらに、食糧の不足している発展途上国にとって、着目するべきタンパク質であり、その更なる高機能化が望まれる。このために、タンパク質工学は極めて有効な手段である。
タンパク質工学の手法を用いて、タンパク質の性質を改善するためには、標的タンパク質の構造、そして構造と特性との関係を知る必要がある。そこで、本章では、以下のような章立てで執筆している。
1. 緒論
食品タンパク質が備えることが望ましい性質(栄養性、加工特性、生理機能性)
の説明
2. ダイズタンパク質の説明
ダイズタンパク質の構造と性質
3. タンパク質工学によるダイズタンパク質の栄養性の改善
ターゲットとすること
実際
4. タンパク質工学によるダイズタンパク質の加工特性の改善
ターゲットとすること
実際
5. タンパク質工学によるダイズタンパク質の生理機能性の改善・付与
ターゲットとすること
実際
6. 将来展望
8.生体調節機能強化のための食品由来ペプチドの設計
食品蛋白質の酵素消化によって多様な生理活性ペプチドが派生し、これらが代謝、血圧、免疫および神経系などの調節に関与している例が多数見つけられている。このように食品タンパク質が潜在的に有する生体調節機能を遺伝子改変技術によって、さらに強化することは生活習慣病の予防を食品によって達成するという観点から重要な課題でる。本章ではこうした視点から食品タンパク質由来の生理活性ペプチドの改造例を紹介する。
1. 血圧降下ペプチド:
食品タンパク質由来の血圧降下ペプチドとしてはアンジオテンシン変換酵素阻害が多く報告されている。これ以外に、Ovokinin(FRADHPFL)を例として、ペプチド変換を試み、より一層効果のある配列を作製できること、また大豆タンパク質遺伝子にこの配列を挿入し、発現分泌させた例を示す。
2. 免疫増強ペプチド:
免疫増強物質は老人性免疫低下の予防の観点から期待される素材である。大豆タンパク質のペプチドに存在するsoymetide(MITLAIPVNKPGR)はこの効果を有するが、アミノ酸置換により一層その効果を改変できることを明らかにしている。
3. 抗健忘ペプチド:
米アルブミン由来のoryzatensin(GYPMYPLPR)はオピオイド活性を有するが、このペプチドを改変することにより、抗健忘ペプチドを得ることができる。
以上のように、多様な生理活性ペプチドの最適化設計を行ない、これらを大豆、米などに導入することにより、食品から生体機能を強化できる可能性について述べている。
各章執筆者
蛋白質工学─応用生命科学系分野のための─
1.異種蛋白質の微生物での発現・分泌の基本原理 山田守(山口大)
2.分子シャペロンによる蛋白質の構造形成と品質管理 河田康志 (鳥取大)
3.蛋白質の進化分子工学的耐熱化 山岸明彦(東京薬科大)
4.リゾチームの抗菌性改変・機能改変 加藤昭夫(山口大)
5.サイトカインの膜局在性制御による機能改変 内海俊彦(山口大)
6.分子病アミロイドシスモデル蛋白質の構築 山縣ゆり子(熊本大、薬学部)
7.高機能化大豆蛋白質の分子設計 内海成(京都大)
8.生体調節機能強化のための食品由来ペプチドの設計 吉川正明(京都大) |